雑記

デザイン学生のぼやきです

IoT

最近、1mmも進めていなかった修士論文を書く関係でIoTについてずっと調べている。少し前まで認知度の低かった言葉が間違いなくスタンダードになりつつあるし、日進月歩な分野なので新しい情報が日々アップデートされている。ミーハーな父が「IoTって知ってるか?」とドヤ顔でIoTをよく知らない母と妹にウザがられながら話していたのでまあ広い年齢層で使われる言葉なのだろう。しかし外の温度がiPhoneモニタリングできる馬鹿高いデバイスを買ってきたときはさすがにアホかと思った。必要に応じて取り入れて欲しい。

 

クラウドファンディングサイトにもIoTデバイスが溢れ、SNSではfabcrossなどのメディアがベンチャー企業がローンチしたデバイスについての情報を毎日のように流している。そういった取り組みで世の中が面白くなっていくのは大歓迎だけど、個人的にはちょっと不安に思うこともある。これはIoTというよりIoT活用の裏にあるAI技術の発達の面に感じる漠然とした不安で、別にAIに対する明確な意見を持っている訳ではない。

発展途上な分野なので現状単純なものも多い(そっちのがウケる気もする)が、領域が広がり今後IoT事業、サービスを運用する上でAI、とりわけディープラーニングが主軸になっていくのではと勝手に考えている。技術の加速が進む今、機械の自動学習によって、ユーザーが能動的に動く必要のない、求められることを求められるちょうどいいタイミングで行う、AIを使った究極のスマートがサービスとして提供される未来もそう遠くはないと思う。

よくAI論争で言われる、AIがアイロボットよろしく自我を持って人類に反乱するとかそういう話にしたい訳ではなくて、なんというか、自分の求めるものが即座に出てくる完璧な検索が成立してしまうことに少し寂しさを覚える。

 

とあるデバイス開発のプロジェクトの中でこの話題になったことがあり、少なからず自分と同じ考えの人がいることに安心した。その話の中ではセレンディピティという言葉が究極のスマートの先にあるんじゃないかという結論に落ち着いた。このデバイスの機能としてもこのセレンディピティをテクノロジーを使って誘発するというコンセプトとして設定され、必然的な検索ではなく、偶然的な検索のあり方を提示する一つの可能性になるのではないかなと考えている。

 

デザインの領域だけではなく、適当に読んだ本が面白かったり、ライブハウスで目当てのバンドと対バンした全然知らないバンドを好きになったり、偶然から得られる結果の方が印象として衝撃だったり、嬉しかったりするものだ。完璧に思い通りになる世の中よりも、思いがけない世の中の方が面白いんじゃないかというのを思いつつ、今はこういったぼんやりした考えが論文のネタに使えるようにならないかという、完璧な検索なら一発で答えを出してくれそうなことで悩んでいる。早く両者が共存する世の中が来て欲しい。